「長く続けられたことは、これからも続けられる」。
7年通った場所で、仕事の見方が変わっていった
佐藤 圭介第三営業部 立川幸町店 店長
今回お話を伺ったのは、第三営業部 スシロー 立川幸町店で店長を務める佐藤さん。夜のピークタイムには20名ほどのスタッフさんとお店を動かしています。
高校1年生からスシローでアルバイトを始め、大学卒業と同時に入社しました。1年目には海外店舗の立ち上げを担う部署へ移り、日本と海外の新店を回っています。就職活動のころ、佐藤さんは音楽の道へ進むことも考えていたそうです。それでも、受けたのはこの会社だけだったと話します。
なぜ、そこまで決めきれたのか。海外での立ち上げも、飲食の仕事が初めてという方が多かった新店のオープンも、乗り越えてきた道のりを詳しく聞きました。
佐藤 圭介
第三営業部 立川幸町店 店長
2011年4月 株式会社あきんどスシロー入社
スシロー 多摩境店でキャリアをスタートし、これまでに8店舗で店長を務める。現在はスシロー 立川幸町店を受け持ちながら、近くのお店のサポートにもあたるリーダー店長も兼務。新店の立ち上げでスタッフさんに助けられた経験から、一人で抱えずにお店を動かすことを大事にしている。
※所属・役職は公開時点
音楽の道と迷いながらも、受けたのは一社だけ
—— 佐藤さんは、アルバイト先のスシローに、そのまま社員として入社されています。就職活動は、どんなふうに進められたのですか?
就職活動らしいことは、あまりしていないかもしれません。受けたのはスシローだけだったんです。本当は音楽をやりたくて、専門学校に進むかどうかも同じ時期に考えていました。ただ、家族と話すなかで、まずは就職しようと。
そのとき、あらためて「これまで自分が長く続けてこられたことってなんだろう」と考えてみたんです。そこで思い浮かんだのが、気づけば7年も働いていたスシローでした。それだけ続いたのなら、この先もやっていけるのではないかと、入社を決めました。
—— アルバイトのころは、どんなところにやりがいを感じていましたか?
年数を重ねるごとに、任せてもらえる仕事が増えていきました。アルバイトでも、新しく入った方の教育に関わらせてもらえたんです。人に教える立場になって、責任感も出てきたんだと思います。
作業を一つずつ覚えてもらって、一人でお店に立てるようになるまで見させていただきました。できるようになっていく姿を見られることが、そのまま自分のやりがいになっていましたね。
—— 社員になると決めるとき、不安はありませんでしたか?
不安がまったくなかったわけではありませんが、それでも決断できたのは、当時の店長がいたからでした。どのスタッフさんとも丁寧に向き合っていて、厳しさのなかに優しさがある方で、心から尊敬していたんです。
その方から「この会社、向いているのでは?」と声をかけていただきました。7年もいると、お店の雰囲気も一緒に働く方たちも見えてきますから、自分のなかで答えは出ていたんだと思います。ただ、最後の一歩を踏み出せたのは、その一言があったからでした。
そんな部署があるのか、と驚いた1年目
※実際の業務中はマスクを着用しております
—— 入社1年目で、海外の立ち上げに加わられています。どうして行こうと決められたのですか?
新入社員のときの営業課長が海外の事業部に移ることになり、「一緒に挑戦してみないか」と誘っていただいたんです。入社するときは店長をやりたいと思っていたので、会社に海外へ出ていく部署があること自体、そのとき初めて知りました。
望んでも巡ってくるとはかぎらない話です。そこで「自分の知らない仕事が会社のなかにまだある」「一度見てみたい!」という気持ちになったんです。声をかけていただいた今を逃したくないと。
—— そこからは、どんなふうに進んでいったのですか?
実際に動きはじめてからは、まず日本の新店を2店舗回って、立ち上げの流れを学びました。その後、海外へ向かっています。
私の場合は誘っていただきましたが、スシローには社内公募のような仕組みもあります。これまでの経験やその方が今いる状況に応じてにはなりますが、手を挙げる機会そのものはあるんだと、1年目で知ることができました。
「今日、何時までなら残れますよ」に助けられた
—— これまでで一番大変だったのはいつでしたか?
新店オープンの店長を任せてもらったときです。お店の規模に応じて、会社から提示されている人数に沿って採用そのものは進めていました。ただ、飲食の仕事が初めてという方も多く……。
オープン直後はどうしても忙しくなります。予定していた人数でお店を動かすのが、だんだん難しくなっていき、日々の営業を回すより先に、教育やシフトを組み直すところに時間を使っていたんです。
—— その時期をどう乗り越えられたのですか?
支えてくれたのはスタッフさんたちでした。大変ななかでも本当に力を尽くしてくださって。お店が回りきらないぶん、無理をしてもらっているのもわかっていたので、自分が誰よりも動こうと決めていたんです。それでも手一杯だった私に、みなさんとことんまで付き合ってくださいました。
スタッフさんのほうから「今日、何時までなら残れますよ」と声をかけてくださることもありました。当時の課長も週末は他店舗の社員さんをヘルプに回してくださったんです。
採用の間口を広げようと、日本語学校とも直接つながりをつくりました。日本に来て間もない留学生の方にも、ここで働きはじめてもらえるように。そうして少しずつ仲間が増えて、お店がまた回るようになっていったんです。あのとき折れず、諦めずにこられたのは、決して一人ではなかったからです。
不安はあった。それでもずっと見ていてくれる人がいた
—— これだけ長くスシローで働いてこられて、続けていくかどうか迷われたことはありましたか?
正直に話すと、何度もありました。結婚などで生活の環境が変わったときは、この先も同じように働いていけるだろうかと不安になったこともあります。仕事が立て込んで、自分の心に余裕が持てなかった時期もありました。
ただ、いざ続けてみると、思っていたほど心配はいりませんでした。休みもそうです。飲食業と聞くと、土日は休めないと思われるかもしれません。もちろん忙しい時期はありますが、休みたいと伝えて断られたことはこの15年でほとんどないんです。
でも、続けてこられたのは、休みが取れるからというだけではありませんでした。
—— では、続けてこられた一番の理由は何だったのでしょうか?
やっぱり「人」ですね。今日まで、どのお店でも本当にいい方に恵まれました。お店のなかはもちろん、スシローはエリア全体で助け合える会社なのだと、続けるなかであらためて感じています。
なかでも、社員にならないかと声をかけてくれた店長は、私にとってずっと大きな存在です。実は私が店長になったころ、その方が私のお店を含む近隣の店舗を見る課長になられて。直属の上司として、また一緒に働く日がくるとは思ってもみませんでした。
しんどいときには、「あなただから、みんなちゃんとついてきてくれるんだよ」「頑張ってるのは知っているから」と声をかけてくださって。気にかけてくださっているんだな、と胸が熱くなりました。必要とされていると感じられると、また頑張ろうと思えます。
苦手だったことも任される範囲も、まだ変えていける
—— 入社したころと比べて、ご自身で変わったと思うことはありますか?
学生のころは人見知りで、人前に立つのが得意ではありませんでした。それが店長になると、話すことも大事な仕事の一つです。最初は仕事だからと割り切っていましたが、いつの間にかプライベートでも知らない人と打ち解けられるようになっていて。仕事で身に付いたことが自分のものになっていました。
仕事のほうも、アルバイトのころに比べると受け持つ範囲がずいぶん広がったんです。最初は、人件費や原価の管理、繁忙期に向けた教育のスケジュールなど、管理という仕事がこんなにあるのかとギャップも感じました。
ただ、昇格の前には研修もありますし、新店には立ち上げを支える本社のチームもついてくださいます。一人ではないとわかってから、できることを広げていけるようになりました。
—— 最後に。あのとき選んだ場所で働きつづけてきて、今思うことを教えてください。
根底にあるやりがいは15年間変わっていません。それは「こういうお店にしたい」という想いをスタッフさんと共有して、みんなで同じ方向に向かって動けたとき。そこで数字にも結果が出たときの達成感は店長という仕事の一番の魅力なんですよね。
もし新卒のときに戻っても、私はスシローを選ぶと思います。長く続けられたことは、これからも続けられる。あのときの選択は、間違っていなかったと思います。








